ともとはるの「何して遊ぶ?」

人生死ぬまで思い出つくり!本気の遊び提案ブログ

制服ディズニーに年齢制限はあるのか?

ことの発端

友人のキタホナミがこんな記事を書いた。

kitahonami.hatenablog.com

 

内容はタイトル通りだが、記事中にこのような記述がある。

そもそも人ごみが嫌いな私にとって、ディズニーランドは苦痛でしかない。そして既に飽きている。こうなってしまうと、もはや自ら行きたいう意志は生まれない。 となると友人からの誘いを待つしかないのだが、一緒にいて何しても楽しいと思う友達とでないと、行ったとしても上記1・2問題を解決することができないので、そういったいわゆる親友としか行かなくなるのである。

頼むから、もう結婚式とディズニーランドは誘わないでくれ。 - 独身OLの破天荒生活 

 

要約すると、”自分にとってディズニランドは苦痛だが、一緒にいて何しても楽しいと思う友達となら、ディズニーランドに行ってもいい”と言う内容で、”親友”の例として、私とはると行った制服ディズニーの写真が表示されている。

 

非常に光栄だし、「私もだよ!」と言って肩を組みたいくらい素晴らしい友情を感じられる記事だ。

 

しかし問題はこの記事のはてなブックマークに寄せられたコメントである。

さて、引用してみよう。

 

 ”20代後半の制服ディズニーってどんな感じの集団なのか純粋に興味がある。”

 ”楽しそう!”

 ”制服ディズニーは見てて痛いし、なんか悲しい。”

 ”制服ディズニー……そんなのもあるのか。楽しそうw”

 ”制服ディズニー年取りすぎだよねw”

 

…5件のうち2件が酷評である。

 

なぜこのようなことになってしまったのだろうのか。

まず、制服ディズニーとはなんぞや、というところを明らかにしよう。

 

制服ディズニーの定義

制服ディズニーとは、制服または制服風のファッションを着てディズニーランドやディズニシーに行くこと。

現役の中高生の遊びというよりは、高校を卒業した大学生や社会人が、

・もう一度制服を着たい!

・昔できなかった制服ファッションを楽しみたい!

・楽しい思い出を作りたい!

という気持ちから行われることが多い印象である。

インスタグラムやツイッターなどのSNSでも制服ディズニーの投稿はよく見受けられ、きゃりーぱみゅぱみゅなどの有名人が行ったことでも知られている。

 

制服ディズニーに対する世間の反応

概ね否定的である。

周りへのヒアリングやヤフー知恵袋などを見ても、彼女たちの心をくじくような言葉であふれている。

イタい、やめたほうがいい、浮いてる、変、雰囲気で高校生じゃないことはわかる、理解できない、見ていて不快、見てるこっちが恥ずかしい、全く可愛くない  etc...

先に紹介したはてブのコメントは、まだ好意的だとすら言えるだろう。

そしてこの批判は実施者の年齢が上がるほど顕著だ。

20代後半、アラサーなんて言った時には世間の目は更に厳しい。

 

制服ディズニーを行った人の感想

f:id:tomoharu74:20161008022225j:plainこの満足そうな顔…!!

実際に行った人たちは、概ねめちゃくちゃ楽しかったという反応である。

私たちも例外でなく楽しかった。まさに非日常。

何よりインパクトのある写真が残るのでアルバム作成にももってこい。

学生でもないのに制服を着て出かける(家から着ていくので非常に恥ずかしい)なんて、一緒に行ったグループ内では一生話題になるような出来事である。

 

今が一番若い論

例によって、「制服ディズニーやってみたいけどもう22歳だし…もうイタいかな…」と思っているあなたに提唱したいのが「今が一番若い論」である。

私たちもかつて、23歳の時に上記のような考えに至り、制服ディズニーを断念した経験を持つ。年齢的に、無理だと思ったのだ。

しかしその3年後、26歳の時、やっぱりやりたい…!と思って実行した。

制服ディズニーは思った以上に楽しく、大満足の1日になった。

 

この時思ったのは「3年前にやっておけば3歳若かったじゃん!」ということである。3年経てば3つ歳をとるのは当たり前の話であるが、私はこのことから多くを学んだ。

 

まず1つ目に、一度やってみたいと思ったことはいずれまたやりたくなる。

 

そして2つ目に、思い立ったその瞬間が、これからの人生の中で間違いなく一番若い。

 

先延ばしにすることはただ歳をとっていくことなのだ。

 

制服ディズニーを行いたい大学生以上の皆さんへ

次の日にはあなたを見たことすら忘れているような赤の他人の目を気にして、やりたいと思うことを我慢するのは全くの

 

イタい?高校生に見えない?だから何?

 

今それをしないで、3年後、5年後、10年後のあなたは後悔しないのか?

「やったら絶対楽しい!」と思えることなら、どんなに馬鹿馬鹿しくても、ちょっとくらい変だと思われることだって、実行したっていいじゃない。

誰も、あなたのことなんて気にしていない。

 

自分の幸せを追求しよう!

 

 

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自分の限界は自分で決めろ。大企業を離れた私が考える幸せの探し方

電通の若手社員の過労死問題が話題になっているようです。

www.sankei.com

若くて、東大に電通なんて優秀すぎる方がこのような形で追い詰められてしまったことを非常に残念に思います。

 

 

かくいう私も、会社員として働く中で、辛い思いをしたことがあります。

そこで、私が3年間働いて、会社から離れ、その経験を振り返った今、やっとわかったことを書きたいと思います。

同じように悩んでいる人が少しでも楽になれば嬉しいです。

 

感じ続けた違和感

大学院を卒業した私は、いわゆる大企業に入社しました。

職種は、高校生の頃から夢だった研究開発職。同職の同期は数名のみ。名の知れている会社なので、見当もつかないくらいの倍率だったと思います。

しかし、入社してから半年で、あれ?おかしいな?と思うようになり、「まず3年まず3年…」と自分に言い聞かせながらも、入社して2年経つと完全に会社(部署)と価値観が合わないことに気づきました。

私の「理想の製品」と、会社が求める「会社のための製品」には決定的な乖離がありました。

何度も上司に訴えましたが、大企業のトップダウン構造。

「自分でプロジェクトを立ち上げればもっと人の役に立つものが作れるかも」そう考えた私は、1ヶ月以上、昼間は普段の仕事をし、帰宅してからほとんど不眠不休で論文を読み、アイデアを考え、会社の同期に披露してはディスカッションを重ね、アプローチも考えるという日々を送りました。体は疲れましたが、「理想が実現できるかもしれない!」と考えていた私の気持ちは高揚していました。

そして部署のトップに提案。

「やってみたら」という返事で、嬉しかったのを覚えています。後に役員まで話が行ったそうです。

 

心が折れた

しかし同時期に、現在進行中のプロジェクトで、「ああ、もう自分が何を言ってもダメなんだな。」と思う出来事がありました。

ここで私がいくら頑張ったって、実現する可能性はすごく低い。

そう思った時、絶望しました。

理想があり、それを実現するための手段として入社したと考えていた私はここで心が折れました。

もう自分が一生懸命考えた提案なんてどうでもいい。

些細なことで涙が出て、来客用のトイレに駆け込まなければいけないことがありました。

朝礼で目に涙をためて、時には溢れてしまうこともありました。

私が今まで頑張ってきたことはなんだったんだろう。そう思いました。

 

自分にとって嫌なこと

f:id:tomoharu74:20161008113256j:plain

仕事をしているとたくさん嫌なことがあると思います。

・価値観が合わないのが嫌

・残業時間が長いのが嫌

パワハラセクハラが嫌

色々な理由があると思います。

 

いずれにせよ、自分が「嫌だ」と思うことは間違いなく「自分にとって嫌なこと」なのです。

1時間だって残業が嫌な人もいれば、セクハラ発言をなんとも思わない人もいる。

ある行為を許容できるかできないか、こころのコップの大きさは皆違います。

 

 

自分の世界のルールは自分で作るもの

「周りはあなたよりもっと残業してる」とか、「その発言はセクハラでもなんでもないでしょ」とか、「それが会社ってものだから」とか、周りのひとは意見してくるかもしれないけど、全ては自分がどう思うか。それしかありません。

ある程度社会に合わせようとする気持ちや行動は大切だし、実際、やってみたら大したことないこともあります。

でも、自分にとって絶対に譲れないことは、貫き通してほしい。

考えられるあらゆるトライをした上で、それでもダメなら、諦めましょう。違う場所に行きましょう。

希望があれば、頑張れる。でも希望を失った瞬間、何もできなくなります。

 

辛い時に何をするべきか

自分を認める勇気を持ってください。

人にとやかく言われても、

「だって、嫌なんだもん!」

それでいいじゃないですか。

 

私はこれからも色々なことを言われるでしょう。

「大企業なのに」、「お給料も福利厚生も素晴らしいのに」、「そんな我慢もできないようじゃ、どこにも就職できないよ」etc..

その時は、「だって、嫌だったんだもん!」という言葉と、楽しく生きる姿を見せることで返答したいと思っています。

私のことを心から心配してくれている人なら、これこそが最高の返答になるはずです。

 

他人の基準じゃなく、自分の譲れない考えや主義主張に従って、判断を下してください。自分だけの正解を探してください。そこに人の意見は必要ありません。

自分のことを考えてくれるのは自分しかないのだから。

 

もっと自分を大切にしてください。

コップの水が溢れてしまう前に。

 

 

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